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<寺院沿革>
明治37年、牛込区(現・新宿区)通寺町より移転、盛高院を合併、改築の後現在に至る。 通称「獅子寺」と呼ばれている。これは徳川三代将軍家光公との因縁によるもので、家光公が当寺に来た折、獅子に似た猛犬を下賜され、以来「獅子寺」と呼ばれるようになったと伝えられている。 また、当寺の開山である蟠翁門竜大和尚は武田信玄の従弟に当り、墓地には信玄公家臣の末裔の墓が多くある。 本堂の正面には、江戸時代の偉僧月舟禅師の「獅子窟」本堂八尺間の上には「大圓覚」の額がかかげられている。 境内及び墓地には地蔵尊が多くまつられ、大は七尺にも及ぶものもある。 近年、地蔵苑が新設され「しあわせ地蔵」の名で子ども達に親しまれている。 地蔵絵馬に願いごとを書き奉納するものが増加している。 |